最近とんとレコードを聴く機会が減ってしまった。
以前は、特製のレコード棚に詰まったLP達がリヴィングにどーんと幅を利かせていたのだが、どうも家族にとっては無用の産物らしく、3年ほど前に引越したときに私のタバコ部屋に移動させられた。
レコード棚も処分して、作り付けの棚を壁一面に作ってもらったのだが、子供が大きくなってきたために6畳だった私の部屋は半分の大きさにされてしまった。
まぁ、ふだんは仕事に行ってるので部屋でくつろぐ暇なんてないから、レコードをターンテーブルに載せる機会は殆どなくなった。最近はNG’sの工藤ちゃんがブルースのCDをバリバリに購入しているので、それを借りて通勤途中に聴いているくらいだ。
昨日の休日に、奥のほうにしまってあったシングル盤の箱を久々に開けた。そうそう、サントリーオールドの箱を切ると、ちょうどシングル盤を入れるのにいい大きさなんだよな。そのままの格好で出てきた。
なんか懐かしくて思わず写真に撮ってしまった。
そうそう、ネタのない日のブログねたに使おうと思って。
で、第1弾ですね。
メンフィス・スリムのVeeJay盤。メンフィス・スリムと言えばマット・ギター・マーフィ。そしてVeeJayの名盤”The Gate Of Horn” 。
これは、あの名盤に収録されなかった曲。とは言っても、イギリスのチャーリーからリイシューされたLPには入っていたっけ。
あ、ちなみに私は右の紹介文にもあるように、レコード時代で歴史が止まってます。CDになると訳が分からん。ボーナストラックとか入っていたりすると、その1,2曲のために買い直しというたいへん不経済な事態を招いてしまう。だからCDは30枚も持っているかどうか・・・。
ちなみに、このレコードが私のコレクションの中で、たぶん1曲の単価が一番高いレコード。3,000円近くしたと記憶している。
ついでに言うと、今となってはある意味「レコード盤」はすべて貴重なのかもしれないが、すべて「ゴミ」なのかもしれない。
それでも、アナログ盤の良さを捨てることはできないなぁ〜。
山形の地酒専門店、木川屋
さんの宣伝をちょっとしたら、早速お礼のメールがきた。
右下にリンクもしてあります。
限定販売のお酒なんて出たら、すぐ紹介されます。
見るだけでも品数豊富で、日本酒好きにはたまらないサイトです。
日本酒といえば新潟が有名ですが(私も〆張鶴なんか大好きです)、山形のお酒もかなりいいですよ。
お奨めの「栄光富士」以外にも個人的には「初孫」や「出羽桜」なんて最高ですね。
本日は写真が無く、ちょっと淋しい投稿。
私がやっているオヤジ・バンド “BOOKER O. & THE NG’s” も、もう少しで結成1年だ。この日は本年お初のスタジオ入り。
10月からハープ吹きの工藤ちゃんが加入してから、リハの日が雨に祟られることが多い。傘さしてギター担いで歩くのも辛いもんだ。
彼は「NG’sの雨男」の称号を与えられている。風貌は「テルテル坊主」なんだが・・・・・。
このバンド、オヤジバンドには間違いないが、結構まじめにやっている。
バンドブログ作ったり、強制的にライブをやったり、もう後戻りできない環境を作っている。
そもそも、オールマン・ブラザース・バンドあたりが接点で始めたバンドなのだが、最近ブルース色の濃い選曲が増え始め、私の謀略ではないかとバレつつある状況である。
本年初リハということは、当然のごとく新年会も開催。というか、毎回スタジオの後は「反省会」と称して代々木駅前の「つちや」で飲むので、最初の乾杯が「今年もヨロシク〜」になっただけである。
そして、話の内容と言うのは変わりばえもしない「ヤフオク談義」。しかしながら、”巨匠”大江先生の「ヤフオク・ベース鑑定」はちょっとしたもの。
携帯でネット接続し、いろいろな出品されたベースを次々と鑑定する。
「うん、これは状態がいいね。あ、このロゴは70年代前半だね。いや、ペグがオリジナルじゃないなぁ。まぁ1万5千円ってとこかな」などなど、次から次へと予想落札額を推定する。すばらしい特技だ。
今まで、いろいろと痛い目に遭いながら培った能力と見た。
いやいや、人間どこに才能が隠れているかわからんものである。この勢いで、ばっちりベースの練習もしてもらいたいものだが、暇になるとついつい配線の半田付けにいそしむ癖は直らないようだ。
結構バッチリ飲んだ翌日の出勤は、非常に厳しいものである。
ほどほどの酒量にと思っても、やはり思いっきり飲む。
私はこれが直らない。
「お宝」のページを作った。
1980年代に来日した方々のサインだ。
あれから、20〜30年経つ。半数くらいの人たちは、天国へ旅立っている。
そうだ、”DIRTY DOZEN BRASS BAND” のサインもあったけ。
今度、アップしなきゃ。
たしかTシャツにサインしてもらったな。
私はその昔、「ブルースTシャツの帝王」だった。
さすがに経年劣化というか、白いシャツは黄ばんだりしてほとんど処分してしまったが。
写真でも残してあれば「ブルースTシャツ編」ということで、もう1ページ出来たのに。
高校生のとき、最初に買ったのがJames Carr のTシャツ。
そんなの着るヤツも着るヤツだが、作る人がいるというのもすごい。
まだ吉祥寺の店舗しかなかった「芽瑠璃堂」さんにはずいぶんお世話になりました。
本日は昨日に続き都内の挨拶回り。
淡路町・神田・小伝馬町・秋葉原・浅草橋という具合に、どうも電車を使うには微妙な位置関係。
結局、午前中使ってほぼ歩ききった。
今年から靴を替えたもので、まだ慣れなくて靴擦れになりそうだ。 い、痛い。
途中の浅草橋で “COTTON CLUB” の看板を発見。
思わず、ハーレムのキャブ・キャロウェイやデューク・エリントンを思い出しワクワクしてしまう。
でも、日本の “COTTON CLUB” は確か丸ノ内だったのでは???
カタカナで “コットンクラブ” って書いてあるな・・・。
エプロン、かっぽう、婦人衣料・・・・・あれ?
かっぽう着のキャブ・キャロウェイ?
似合いそうだが、そんな所はあるわけない。