カテゴリー「When you got a good friend (友人の項)」への投稿

20110820 (1)昨日は、すっかり恒例となったお盆の同窓会セッションである。
今回のブログ、参加者の私含めた4名しか面白くないと思われる内容である。。。。

完全にワンパターンである。
13時吉祥寺集合。
サンロード、マックの上にある「天狗」で一次会。

ここで、昼食兼、勢いづけである。


20110820 (2)
この、現在甲子園在住のS塚くん。
まあ、彼の都合に合わせて、正月と盆休みに集合するのである。

羨ましいことに、怒涛の10連休。

このギターは、Tochi さんのUSAシンライン。
ハンバッキング & メイプルネックは珍しいね。

私のような「安物買いの銭失い」とは違う・・・・。


20110820 (3)
そして、某都立高校管理職の Tochi さんが弾くのは、なぜかS塚が西から持参したエピフォン・リヴィエラ by KOREA である。

んーーーこのピックガード、1,000円で売ってくれないかね?
私のは、黒いんですよ・・・・。


20110820 (4)
ドラムも叩くS塚。

神戸のセッションでは、ベースも弾くらしい。

レボン・ヘルム?
ドン・ブリューワー??


20110820 (5)
すっかりドラマーが板に付いた Tochi さん。

そして、来月から月の半分は中国出張となった eroppi オーエ氏。
向こうで家族作らないようにね。

くれぐれも、未成年に手を出しちゃだめよ。


20110820 (6)
私は、先週NG’sのリハで久々登場させたSG。

やっぱね・・・・・

「男は黙って、マーシャル直結!!」

えっ?普段と言ってることが違うじゃないかって?

いやいや、年に1回の無礼講です!(意味不明)

まあ、最近のマーシャルもツマミが多くてよくわからんので、とりあえずオールフルテン状態にしてみたら、ユーライア・ヒープのミック・ボックスのような電動のこぎりみたいな音になっちゃいましたとさ。。。。。


20110820 (7)
一応、タイマーで記念撮影。

ちなみに、曲のほとんどは中高生時代にやってたロックでおます。


20110820 (8)
さて、二次会(?)のスタジオも終了して、三次会に突入。

ホントは「のろ」に電話してみたんだけど、この日はライブがあったようで残念ながら断念。

また今度、おじゃまします。


20110820 (9)
そして、ラストの四次会は締めの「ホープ軒」。

にんにくプラスだよ。

さて、この集いのレパートリーのひとつにマウンテンがある。

あたしゃ、けっこう好きだったのね~。
特に、今は亡きフェリックス・パッパラルディさんは良い。
歌も好きだな。

先日亡くなったジョー山中さんも出てた「ワールド・ロック・フェスティバル」(1975年)で生を見たときは泣けたね。うん。

で、当セッションのレパートリー “Theme for an imagenary western”。

実はけっこうこの歌、声質があってたりしてね。。。。


20110820 (10)
マウンテンのレコードは、むかし売ってしまったらしく残ってなかったが、こんなのを発見。

パパラルディの1979年製作のソロ。


20110820 (11)
バックの面子を見てビックリ!

ちなみにプロデュースはパーディさん。

なぜか、こんなのだけレコード棚に残ってたよ。。。。。

どんな内容だっけ?
聴いてみるかな・・・・・

あ、まだターンテーブル、壊れたままだ・・・・・・(涙)。


新年も4日。
今日から仕事である。
ただ、取引先等まだ休みなんで暇。
あ~、休んじゃえば良かった・・・・・ブツブツブツ・・・・・・。
二日酔いで頭ガンガンである。
昨日は14時から夜遅くまで呑みっぱなし。

高齢、いや恒例高校同窓セッション&新年会だったのだぁ~。
毎年、正月とお盆休みに開催。
地方へ行ってしまった同級生の帰省に合わせて行われるのである。

ここは昼間っから呑めるのよ~
お馴染み、NG’sのベーシストである”エロッピ”大江氏、某都立高校管理職のTOCHIさん、甲子園から帰省のS塚氏、そして日本人離れした顔の持ち主のE澤氏(ありゃこりゃ伏字になってないかも)、

スタジオは16時半から2時間だが、14時には集合して居酒屋へ。

音出すより、こっちがメイン?

ギブソンも安くて。。。。
この年2回のセッションのために購入した GIBSON SG SPECIAL。

こいつをマーシャルに直結で CREAM をやるだよ。

ちと、かっこいいじゃん
S塚とTOCHIさん。

あれ、ちょっとカッコイイおやじって感じ?

気のせいだな。

「スナックのろ」?
さて、スタジオも上がり通常なら近場の居酒屋へと走るわけだが、今回はちと企みがあった。

私事で恐縮ですが、かつて・・・・18年前に結婚式の二次会をやったライブハウス「のろ」は昨年惜しまれながら閉店してしまったのだが、実は場所を変えてこじんまりとした店に生まれ変わっていたのだ。

前日、もう新年の営業を開始しているという情報は仕入れてあったので、お伺いしてみた。
完全に「元スナック」の風情。

スナックのろ 店内の酔っ払い
しかしながら、中にいるのは店主・加藤さんであった。

いやあ、懐かしい、なつかしい!

お通しは、あの「マカロニサラダ」!
う~、涙出ちゃうよ。

バックの写真すごいね
「のろ」はその18年前に数回行ったきりで、行こう行こうと思いつつも、こちらも50歳になってしまった、という、本当に時の経つのは早いものだ。

最後は加藤さんと記念撮影。

(ちなみにバックの写真はブルースブラザースがお忍びで飛び入りした時の「のろ」)

器は変わってしまったけど、やはり「のろ」が健在なのは嬉しい。
西武線在住としては、最近中央線界隈がちょっと疎遠になってしまい、そうそう阿佐ヶ谷のバレルハウスもご無沙汰しちゃって、矢野間さんスイマセン。

あとは恒例の、かつての同級生に迷惑電話をかけまくる我々であったが、加藤さん、すいませんでした・・・・。

途中、SWINGING BOPPERS のCDをかけながら、「そういえば、店がこっちへ移ってから、吾妻来てねえなぁ」と大きな声でつぶやいてましたよっ!

新しい場所は、ホームページにて。
「NORO」のホームページ


ラーメン店にて
で、酔っ払いの定番、ラーメンで〆。

店員さんに撮ってもらったらしいが、この辺から記憶が・・・・。

壊れたよ
靴も壊れた。

私も大江氏も壊れてる。

何がそんなに楽しいの・・・・?

もうだめ
こりゃ、もう駄目だ・・・・。

ちなみに、私は自宅に帰って部屋で着替えた後、1階に下りてきて玄関の犬と一緒に寝てたそうな。

嫁と次女に見つかったもよう。

しかも憶えてない。。。。

まあ、とりあえず懐かしい一日でめでたしめでたし。。。。。

正月とお盆の年に2回集まる同窓会みたいなのが定着してきた。
まずは過去のブログ2作を見て予習しましょうね。

今年の正月
 ここをクリック
高校3年のクラスバンドの話
 ここをクリック



昼間のビールは旨い昨日の土曜、13時の昼飯時から、すでに吉祥寺の「天狗」にて生ビールをぐびぐび呑むオジサンたちの姿。

写真は、甲子園から飛んできたS塚氏と某都立高校管理職の tochi さん。

そして、テーマパーク出向から、見事Sンリオ本体に無事復帰できたエロッピ大江氏もモチロンいる。


3年後にはライブデビューだ2時間かけて、したたか酔っ払い、西友でアルコール類を買い出しスタジオへ入る御一行。
今回の選曲は・・・・”CREAM”だ!

わはは、この日のために格安で購入した GIBSONのSGだわいっ。
マーシャル直結、いいねいいねっ。


集合写真さて、スタジオでの記念撮影。なんだい、この大人数は!

久々登場のスミレ姐さん、クニコ姐さん、すっかりご無沙汰の”BOBO”のドラマーE澤氏、tochiさんの部下で、オジサン達の生態を観察に来たK西さん(以上4名、軽~くモザイク入りです)。

E澤に至っては、スタジオ乱入時に、スミレ先生が世の中で一番嫌いな「アブラゼミ」を体に付けて登場し(本人気付かず)、スタジオ内騒然の阿鼻叫喚が。。。。


エロッピの面目躍如スタジオ終了後は楽しい宴会。
以前にも紹介したエピソードではあるが、大江氏は高校3年生当時、前の席のクニコさんのシャツから透けて見える「ブラ線」に大変欲情したという逸話があり。この日もいやらしい目線で迫っていた。

宴もたけなわ、先ほどスタジオ終了5分前にやってきたE澤氏はドラムが叩くことが出来ず不満タラタラ。

本日2回目のスタジオ
ついには「オレが全部払うから、も一回スタジオ行こうよ~!」。
疲れ切ったオジサン達を引っ張り、またさっきのスタジオへ。
tochiさんは久々のギタリストに逆戻り。

いつまでもお美しい
クニコ姐さん、「あたしだってちょっとは弾けるのよ~」。

いやあ、モザイク消したいくらいの若々しく美しいお姿。
実は、この後、悲しい出来事が・・・・・・。


ホープ軒、にんにく増量明日から夫婦円満の北海道旅行を控えるスミレ姐さんは、早めのご帰還。
そして、正月は池袋で遭難したtochiさんたちもスタジオ後にご帰宅されました。
残る4名、久々の「ホープ軒」。

翌日、クニコ姐さんよりメールが。
「昨日は久々に気分は女子高生。だったのに吉祥寺駅でギャルにぶつかり『邪魔なんだよ!ババア~!』と一喝され、シンデレラの魔法がとけてしまいました・・・・」

おっぱい刺しお盆休みである。
昨日の昼間は墓参り。
そして夕方には新宿で高校1年時のクラスで仲が良かった、I田くん、S藤くんとの再会である。

場所は「思い出横丁」の『きくや』
この店も久々。
写真は美味の「おっぱい刺」。
レバ刺し
思えば、私の結婚式以来18年ぶりだ。
この歳になると、無理してでも会っておかないと、二度と会えないような状況もあるわけだし。
この二人の偉いところは、いまだにブラック・サバスやらモントローズの話で無茶苦茶盛り上がっているところだろうか。

卒業から30年以上、それぞれにいろいろと苦労しながらも今がある。

ヒロシS藤くんは「ヒロシ」と呼ばれていた。
実は今でもギターは弾いているそうだ。
が、対バンの申し入れは軽くいなされた。

なぜか「ひし形の男」というニックネームがあったが、いったい何の由来か誰も見当がつかず。

アキちゃんI田くんはだいぶ脱毛のあとが見受けられたが、18年前もかなりきていたので想像はついていた(失礼!)。
彼は女子が羨ましがるようなサラサラヘアーだった。が、本人は堅い髪の毛に憧れ「ゲイリー・セイン(今は亡きユーライアヒープのベーシスト)みたいになりたいと、シャンプーをやめ、日夜普通の石鹸で髪の毛を洗っていたのを思い出す。
実は彼とは小学校からの同級生で、家もすぐそばで良くお互いの家を行き来したもんだ。
以前、彼の逸話は紹介済みであるが(逸話1逸話2)この日もなかなかに話題の中心人物であった。
卒業後はまさに企業戦士ともいうべき姿で30年間多忙に多忙を極める毎日を送っていたが、突如昨年会社をスパッと辞めてしまい、中年ニート生活満喫中である。

きくや前にてI田と出だし、かなり雄弁に色々と語ってくれたI田くんであるが、徐々に過去の暴露話になるうちに(まあ、たいていは女の話だわな)元気がなくなり、酒がまわり、ヒロシが優位に立つ。
が、某個人名を出すと途端にムキになって怒るヒロシの姿など、お互い傷のなめ合いが進む頃には店は2軒目に移り、飲酒7時間目に突入していたわけである。

無事に帰宅できただろうか?
別れた後に送ったメールに返事が来ない・・・・。

1992.5.10.で、おまけ。

ヒロシが「オレが持っていてもしようがないから」と言っていただいた写真とネガ一式。
そう、18年前の私の結婚式の写真だ。

マイクを持ってくれてるのは岡地曙裕さんですね。
紙を持ってるのがLEOさん。
私の後ろで見えないけど、小安田憲司さんや松井仁さんもいます。

紙に書かれた内容通り、 “Ain’t nobody’s business” を歌ってるんだな。

1992.5.10._2そして、二次会の「吉祥寺 のろ」。
吾妻光良さんも牧裕さんもいますね。

あ、かつての「のろ」は閉店したけど、小さな店になって再オープンしましたよっ!

吉祥寺「のろ」HP

正月もそろそろ終わりそうな今日この頃。
実は、ちょっと気になっていた不祝儀な話題を・・・・・。

昨年の暮れのこと、一枚の喪中はがきが届いた。
差出人はY山さんという方。
てっきり、嫁のちょっと遠い親戚筋の方かと思い(同姓の方がいたので)、なんとなく文面もよく読んでいなかった。
で、年末ぎりぎりになって年賀状の作成に着手する際、何通か届いた喪中はがきをチェックして気づいた。
Y山さんとは、全く見ず知らずの方だった(ひょっとしたら数回お会いしてるのかもしれないが)。
「生前は義父がお世話になりました・・・云々・・」とあるが、その義父の方の名は「Y北滋孝さん」であった。
夫婦連名なので、ご主人から見て「義父」なのであろう。
ということは、「Y北さん」の娘さんがY山さんの奥様ということだ。

ちょっと「Y」の字が多くて判りづらいと思う。申し訳ない。

「Y北」さん、もう17年ほどお会いしてない。
西荻窪にあった「おふくろ」という小さな居酒屋のオヤジであった。

話せば長くなる。
まだ私が20代のころ、西荻窪に「Tia Juana (ティア・ホアナ)」という、濃いレコード店があった。
実は、この店でジャンプ、ジャイブ、果てはJUJU Music やリンガラまで洗礼を受けたのである。
あっという間に常連になってしまい、大学の授業を途中で抜け出して毎日のように行ったものである。
店主のI田さんは豪快な方で、店内で宴会になってしまうことも多々あり。
20時の閉店時間と共に客で来ていた者と一緒に、夜の街へ繰り出す毎日であった。

いろんな店を教えてもらったが、一番よく行った店が「おふくろ」。
カウンターに5、6人。テーブルがひとつだったか、ふたつだったか(記憶が曖昧)。
ほとんど使われないような4人席の小上がり。
店名とは裏腹に、カウンターの中を仕切るのは、たぶん当時60歳すぎくらいの白髪のオヤジさん、 Y北さんだった。
まだ若かった私は、飲み屋といえば「安くて量が飲める」というノリだったが、この店ですっかりカルチャーショックを受けてしまう。
旨い日本酒と、旨い料理である。
当時はまだ日本酒ブームなんてなかった。
まだ、特級酒・一級酒・二級酒、の時代だ。

そこで、旨い日本酒をさんざん教えてくれた。
旨い刺身、料理も抜群だった。
忘れもしないよ「牡蠣の柚子釜」。


25年前、「おふくろ」の前で
たぶん25年以上前の写真だ。

よくあったもんだ。

もちろん、若いし・・・・・。

全くブルースやソウルからかけ離れた場所だったが、オヤジさんの昔話やうんちく話を聞くのが、とても楽しくてしようがなかった。
いつしかY北さんのことを、「おとうさん」と呼ぶようになり、私にとっての大切な隠れ家的な店となったのである。

西荻窪は南口の「おふくろ」、北口の「眞砂」が旨さでは双璧だったが、いまは共にない。

ここで教えてもらった、庄内の「栄光富士」という酒蔵の酒は、私にとってフェイヴァリット日本酒である。
「栄光富士」の「古酒屋のひとりよがり」など飲むと、あの頃の「おふくろ」の思い出が溢れ出してくる。
マニアックな旨い酒を、全く自慢することもなくさりげなく飲ませてくれる店。
あんな店は、もう巡り合えないだろうな。

Y北さんには、私の結婚パーティー(これも、もう今は亡き、吉祥寺「のろ」だった)に来てもらった。
最年長者なんで、ステージの上で挨拶してもらったなあ。
最後に「おふくろ」へ行ったのは、うちの嫁と岡地夫妻とだったような記憶がある。
奥の小さな小上がりで飲んだ。

体調を崩して、店をやめたという話は聞いた。
不義理なことに、この十数年は年賀状のやりとりだけ。
それも、ここ2,3年は送るだけになってしまい、少々心配していた。

1年半くらい前のこと、西荻窪界隈ではまさに地酒のオーソリティである「三ツ矢酒店」へ栄光富士を求めに行ったときのこと。
たまたま、大旦那さんが応対してくれたので「おふくろ」の話をしたら、「ああ、Y北さんね、まだ元気だよ。たまに来てくれるしね」とのことでホッとした。
また来たら渡してほしいと、名刺を置いていったのだが、果たしてY北さんの手まで渡っただろうか。


今の「おふくろ」
その時、「おふくろ」の店の前まで行ってみた。

なぜか、まだあの時のまま(住居は別だった)。

まさか、もう一度復帰するつもりだった?
そんなことはないと思うけど・・・・・・。


捕鯨禁止になって、鯨が食べれなくなる、というとき
「よし!うちで鯨パーティーやりましょうか」
と言ってくれた。
確か、7,8人集めて店は貸切。
料理代として一人3,000円しか取らなかった。

そして、「伊藤さん!見てくださいよ、この尾の身のきれいなこと!」
調理場のまな板の上、これからさばかれて刺身となる鯨の尾の身を前にして、嬉しそうに包丁を持つおとうさん。
あんな尾の身はこれからも食べれないと思う。

ありがとう、Y北さんのおかげで楽しい酒を飲めるオヤジになったよ。