カテゴリー「When you got a good friend (友人の項)」への投稿

2nd Blues Festival中学3年生も終わろうとする、1975年の3月9日のこと。
もう、高校入試は終わってたんだろうなぁ。
第2回ブルースフェスティバルに行った。

これで人生変わってしまったと言っても過言ではない。

初めて見た、本場の黒人ブルースマン。
まだ30代だったバディ・ガイにやられてしまった。


2nd Blues Festival_21部はジョニー・シャインズの弾き語り。

そして、第2部になると、まずはバックの “Buddy Guy Blues Band” の演奏。
フィリップ・ガイの Don’t throw your love on me so strong やA.C.リードの Goin’ to New York などで盛り上がり、インストで御大バディ・ガイの登場。
そして、1発目がスロー・ブルース。

なんと! First time I met the Blues !!

まさに、私にとっての First time I met the Blues になったのである。


2nd Blues Festival_3後半、Little by little で、ジュニア・ウエルズが登場。
彼もまだ40歳くらいの脂の乗り切った頃だった。

ステージが終わった頃には、もう放心状態。

この日を境に、ブルースを始めブラックミュージックにハマリ込む人生となったのであった。


で、中学校生活はどうかというと・・・・・・。
前にも書いたが、これはちょっと危ない学校で、とても多くを語れない。
授業中に〇ィスキーを回し飲みしたり、当然〇バコなんて当たり前。
放課後の教室は〇ンナー臭く・・・・・・・。
あ、これは、そんな情景を見たことがある、ということでここは何とか・・・・・・。
わ、私は至ってまじめな音楽少年でして・・・・・・・。

で・・・・・、中学の卒業コンサートの写真が公開できないのは・・・・・、後にも先にも、あんな凄い「剃り込み」を入れたことがない、ということで納得していただけますでしょうか。

え~、そんな中学時代の皆さんに再会できる日を心から楽しみにしている所存でございます。


追伸
昨夜、中学・高校の同級生数名と飲んだのだが、なかなかに盛り上がったのでこれは明日「番外編」にてアップさせていただこうと思います。

すっかり世間はお盆休みの様相で、今朝の通勤ラッシュは多少緩和されていて嬉しい。

さて、昨日の続き。
成毛滋論を読んで、なんだかすっかり感化されてしまった中学1年生。
「日本の音楽は聴いちゃいけないんだっ!」
と真剣に思ってしまうところがこれまたスゴイ。
テレビは見なくなるわ、学校の音楽の時間で歌わないわ、もうヒドイもんだ。
だから、私は1973年頃から後の歌謡曲をほとんど知らない。
高校の頃には、そんな意固地な気持ちはなかったが、もうBLUES一色で歌謡曲の類を聞こうとも思わなかった。
山口百恵なんて同年代では大ヒットしたのだろうが、曲も満足に知らない。


goodbye fliedegg中学2年になる頃に、成毛滋の在籍していたフライドエッグの「Good bye」を購入。これが私が買った初めてのロックのLPだ。
高中正義がベース、つのだひろがドラムという凄いバンドだった。

残念ながら、このLPは処分してしまったようでレコード棚を捜しまくったが見つからなかった・・・・。

ちなみに、一緒に音楽を聴き始めたW林君は山内テツのソロLPを買ってベーシストを目指し始めた。


前述の成毛滋の記事にある、CREAM。
日本編集の「パーフェクト クリーム」というLPを次に購入した。
これに、あの “Crossroads” が入っていた。
いやぁ、やられましたねぇ・・・・・・・。完璧なギターソロだった。
寝ても覚めてもエリック・クラプトン一筋になってしまい、ついにエレキギターを購入するのである。


AlvinLeeギャランという国産メーカーの ギブソンES335モデル。
正価¥35,000を値引き後¥28,000にて購入。御茶ノ水の石橋楽器だったかな?

なぜ335モデル?

クリーム解散コンサートでのクラプトンの姿。というより TEN YEARS AFTER のアルヴィン・リーだったかもしれない。
うん、そうだ。 WOODSTOCK のアルヴィン・リーのかっこ良さにやられたんだと思う。

ちなみに、まだ本物のブルースに到達するのはもうちょっと先。


周りは Highway Star や Smoke on the water 一色だったのに、私が好んで聴いたのは、ブルース色の濃いロック。
Johnny Winter And のライブはお気に入りだったなぁ。
Savoy Brown とか、Chicken Shuck とか、Paul Butterfield 、Rory Gallagher・・・・・・・・。
要は、ちょっとアマノジャクだったってことかな?
Traffic、 Mountain、Allman Brothers・・・・・・・わはははは!懐かしい~~!!

ベースのW林くん、そして「金物屋の伸ちゃん」ことW辺くんをドラマーに仕立て、ついにバンド結成したのは中学3年生の頃。
クリームのコピーバンド、その名も “BLUES POWER”。
自慢じゃないが、たぶんアドリブのソロを弾けたのは他には誰もいなかったと思う(かなり稚拙なソロであったのだが)。
当時はスケールなんて誰も知らなくて、その手の教則本すら満足になかった時代だ。

中学の卒業コンサートに出演。
その時の写真と音源があるが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
出演者の意図に反して、笑いをとってしまった我々・・・・・・・・・・。
写真すら、公開できるものではございません。

10
8月

中学生時代の話

   Posted by: Masazumi Ito   in When you got a good friend (友人の項)

昨日、中学時代の友人たちからメールをいただき、懐かしい想いをしたことを書いたが、その後、旧姓H野さんともやりとりがあったり・・・・たぶん35年ぶりだなぁ。
当時のK二中、なかなかにスゴイ中学だった。
何がスゴイって?
ちょっと公には文章にしにくいな・・・・・。
とりあえず、高校入学してK二中出身と言えば、たいていの連中はビビってくれた。そんな中学だった。

さて、私の音楽履歴の本格的な始まりは中学からだったと思う。
たしか小学校の終わり頃にフォークソングを聞き始めた。
で、中学に入った頃、吉田拓郎の「結婚しようよ」が大ヒットしたのである。それまでの歌謡曲とチガイ、とても身近な内容や、含蓄のある歌詞に魅せられた。
拓郎のエレック・レコードのLPは3,4枚購入したはずだ。
深夜放送の「拓郎パック(TBSのパックインミュージック)」は眠い目をこすりながら毎週聞いた。
中一の夏休みには日比谷野音に大きなフォークコンサートを一人で見に行ったりもした。
で、親の友人から生ギターを借りて弾きはじめた。
「ガッツ」とか「新譜ジャーナル」なんて雑誌を見てコードを憶えたりしたもんだ。
髪の毛も伸ばしはじめたりした。

人間なんてところが、薄情なものでフォーク熱は1年間であっさり醒めてしまった。
今は亡き、成毛滋さんの手記をある雑誌で読んでからである。
これは、あるサイトに原文のままに載っているので、読んで頂きたい。
下記のリンクである。

「成毛滋の体験的リズムマスター論」

 

この項、続く

一週間ほど前のこと、高校の同窓会サイト経由で旧姓T崎さんより連絡が来た。卒業以来なんで31年ぶりってところだろうか。
彼女とは中学も同じだった。地元のK第2中学校から都立K高校に進学したのは1クラス分(40名ほど)くらいいたはずだ。
で、突然のお便りはその中学のこと。
6月の下旬に中学の同窓会があったらしいのだが、どうやら私は「行方不明リスト」に入っていたようで、それを知らせてくれたというわけだ。
3年ほど前の高校クラス会開催の時は、行方不明者を必死に探していた自分が、中学の同窓会では捜される方だったという笑い話である。
その数日後には、やはり中学時代の数少ない年賀状をやり取りしている「金物屋の伸ちゃん」からも同様のメールをいただいた。
彼は、中学の時に初めて組んだバンドのドラマーなのである。

T崎さん経由で、幹事の旧姓H田さんから連絡がきた。
彼女は携帯のメールから。
その返信の速さときたら女子高生並みのスピードである。
かなり鍛え抜かれた指裁きと見た。

盛大な同窓会は終わってしまったようだが、内輪の飲み会には呼んで貰おう。
ちなみに、このブログのURLもアドレスのわかる方たちに配布済みのよう。こりゃ、これから変なことは書けない・・・・。
伊藤はいい歳してして、こんなバカな毎日を過ごしている・・・・・・。
も、もう遅いな、こりゃ。

さて、本日は久々に個人練習。
近所の “Studio Page” さんで、2時間みっちりと。
6月の下旬から、どうも喉の調子が悪く咳がとまらなかったりする。
今日は荒治療で目一杯歌ってきた。
最近の個人練習でよく使うギターは、年代モノの HARMONY のフルアコ
このギター、デュアルモンドのピックアップ搭載で、そのままでもきれいに歪む。フルアコなのでちょっとハウるが果たしてどの程度の音量まで対応可能なんだろうか?
小さい音量のライブでは使ってみたい。
ちょっとネックが太いのと、ネックサイドのポジションマークがないのが、ちと辛い。娘の白いマニュキュアでポジションのシルシを付けてみた。
が・・・・・汚い・・・・・。
HARMONY Rocket

昨夜は、某都立K高校の同級生である、S塚氏と八重洲で飲んだ。
彼は現在、甲子園に在住。
東京で就職したにもかかわらず、転勤で関西へ。もう随分長い。
東京生まれのS塚夫婦に、関西生まれの娘さん二人。
すごい!家庭内異文化である。

屋外の「紅とん」日本橋「紅とん」の野外で初めて飲んだ。

ガード下とか軒下というのは、なんでこんなにホッピーが旨いのだろうか?



S塚氏はクラプトン好きで、ストラトが似合う男である。
昨年、エクスプローラーを購入して、さらにクラプトン・ファンに磨きがかかってきたと思ったら、それを売ってメロディ・メーカーを買ったらしい。
どうも、甲子園界隈で怪しいオヤジたちと月に2回セッションをやっているようだ。
本人もだいぶ怪しくなってきた。

NG’sの怪しいベーシスト大江氏と3人で次回同窓会セッションを行うのは、お盆休みの頃であろう。

今回は軽く3時間弱の再会。
次回は長丁場になりそうだ。