カテゴリー「Guitar in my hands (楽器・バンドの項)」への投稿

先日はピストル・ピート (Pistol Pete)の素晴らしい芸の話を書いたが、やはり見ていない人にはその凄さが伝わらないに違いない。

三日三晩考えた挙句に、
そうだ!せっかくのブログじゃないかっ!
皆さんに見せる手立てはあるではないかっ!

と、はたと気づいたのであった。

大丈夫ですか?
と、言われる前に行っておこう。

別に酔っているわけではありません。
シラフです。

え?そのほうが怖い?


歯です
まずは、ジミヘン・フリークは必須の「歯弾き奏法」である。

この技で前歯が欠けてしまったという人は、意外に多い。


背中です
次に掲げるは、ブルース会の王道である「背面奏法」。

T-ボーン・ウォーカーから伝わる、最古の芸である。

ギターを背面に抱えた瞬間に、左手をフレットから離してしまうと悲惨な結末が訪れる。

フレットはもう見えないのである。

一本足です
ピート氏考案と思われる、「一本足奏法」。

一本足打法と比べ、あまり格好がよくない。

意外にもバランス感覚を保つのが難しく、50歳以上のギタリストにはあまりお勧めできない。

ちなみに、ピート氏はこの奏法を2回ほど披露したが、どちらの時も同じフレーズしか弾けなかった。


おしりです
ケツ弾き奏法」である。

おしりに弦をこすり付けて音を出す。

終演後、ギターがピカピカになっていれば成功である。

ディストーションのかかっていないギターでは、大幅にしょぼい音しか出ない恐れがあるので注意が必要だ。


タオルです
「タオル奏法」。

真意はわからないが、この奏法の前にフィンガーイーズをフレットに吹き付けておけば、とても滑らかな指さばきにつながること受けあいである。

かなり笑われることを事前に覚悟する決断が必要でもある。


イッキです
「イッキ飲み奏法」・・・・・・・・・・。

もう、ここまで来るとコメントのしようがない。
が、とりあえず、ぐいっ!と一気に行く勇気が必要。

ジミヘンがまだ生きていても、絶対にやらないとは思うが、これを牛乳やコーラで代用すると、さらに受ける可能性を秘めている。
まだまだ、成長する芸と見た。

当日、ピートはちょっと残してしまい、少々かっこ悪かった。
肺活量も必要である。

あと、開演前に余分な水分を摂らないこと。


資源ごみは決められた日に
ピートは飲み終えたペットボトルを、地道に隅のほうへきちんと置いた。

見習わなければいけない。

ちなみに、ラベルは剥がして、中をゆすぎ、ふたはプラスティックごみに出すこと。
ペットボトルはもちろん資源ごみの日に出さなければいけない。

最近は休みの日も、家族の皆さんはいろいろと忙しいらしく、どこかへ出かけてしまうので、一人取り残される状況がよくある。

こういうときは練習である!
最近、バンドの練習も日があいてしまっているので近所のスタジオへ行く。

2時間みっちり。

シンラインです


最近ちょっと気に入っているシンラインである。

以前も書いたが、私はストラトやレスポールは似合わない男らしい・・・・・。

リハが平日の場合、スタジオのギターをレンタルするのだが、これがレスポールかストラト。
しかも、弦が.009なので毎回切れる始末。
.010と.009でこれほど違うものなのか・・・・・。

9月のライブ前日のリハもレンタル。
レスポールの弦が切れたので、途中でストラトに代えてもらった。

ちょっと記念撮影。

ストラトです


あれ?
これってさあ、
悪くないんじゃない?

いけますよね。

でも、私のピッキングだと、ピックアップの切り替えスイッチがバシバシ当るので、音色もバシバシ変わってしまう。

やはりダメらしい・・・・・。

個人練習!やっぱ、練習でしょう!!

地元の ”スタジオ・ペイジ” で2時間個人練習。

ちょっと、顔が疲れてるね。。。。。

やっと夏休みだ。
ちょっと世間とはズラして8/15から8/20まで。
ここは仕事も忘れて、休みを満喫させていただこう。

正月と盆休みに高校時代の友人とスタジオに入るのが恒例である。
私以外のメンバーはNG’sのベーシスト大江氏、兵庫在住のS塚氏、府中在住のE澤氏の4名である。
今回、E澤は休みが取れず、3名でスタジオに入った。
S塚氏が仕事の関係で、関西へ引越してしまったので、盆暮れのこういう機会にしか会うことが出来ないのである。
S塚のギター奏法は珍しい。
昔から三味線ギター奏法と呼ばれ、どんなギターを持とうが「ペンペペン」という音色だ。

エクスプローラー from 甲子園
今回、エピフォンのエクスプローラを手に入れたとのことで持参されました。


秘密兵器フライングV!!迎え撃つは、フライングVしかおまへんっ!

エクスプローラ借りました
しかし、エクスプローラーも弾いてみたいね。
ちょっとお借りしますよ。
というか、私のギターを弾く大江氏のほうが嬉しそう。

開眼!ギタリスト!!エロッピ大江
もう完全に舞い上がって弾きまくる。
ベーシストとしての誇りはこれっぽちも見られない・・・・・。

記念撮影ですっ
セルフタイマーで記念撮影。
S塚さん、いちおう顔をぼかしてみましたが、いかがでしょう。。。

ひばりヶ丘駅前「こだわり山」
最後は私の地元ひばりヶ丘にて終電間際まで。


30年来の友人ということで、なかなか楽しい飲み会であった。
次回は正月かな?


20080628_SpaceWithディズニーランドの興奮も覚めやらぬ中、

いや、ディズニーランドの疲れも取れぬ中・・・・

本日は飯田橋のライブハウス、”Space With” にてライブです。

さあ、勢いで突き進むか!?

疲れで失速するか!?

確かめに来てね。

詳細は左のサムネイルをクリックしてください。

いよいよ来週はディズニーランド(6/25)と飯田橋SpaceWith(6/28)のライブ2連発。
とは言いつつも、少々練習が不足気味で不安。
夜、地元の Studio Page さんを1時間抑えて個人練習した。
ギターはまだしも、歌は自宅じゃちょっと、いやかなりの近所迷惑。
伊藤さんとこの旦那さん、休みの日に家の中で吠えてるみたいよ、なんて噂にでもなったらたいへんだし。

20年以上もブランクがあるので、月に1~2回のスタジオ入りでは全然間に合わない。
いわゆる「喉が開く」とでも言うのか、そんな状況にいち早く戻したいのだが・・・。

だいぶ慣れてきたのだが、まだまだ目いっぱい歌うと1時間で喉が死ぬ。
昔は「B♭」まで声が出たのだが、いまや安定して出せるのは「G」まで。「A♭」までもうちょいだ。
全体的に下がったのならキーを下げれば良いのだが、そうはうまくいかない。
高音はある程度の訓練で出せるようになるが(事実、1年半前までは「G」もかなり怪しかった)、低音はかなりの努力が必要だ。
結局は音域が狭まったということ。情けない・・・・・。
ホントはリハのない週は必ず個人練習しなきゃいけないんだろうが、そうもいかずおまけにギターの腕もなかなか戻らない。
復帰のころに比べればだいぶマシなんだろうが、現在第2のハードルに阻まれている最中。

日々精進ですな。

セルフタイマーで撮った写真。
眠そうだな。。。。。
さびしく独り唄う

Gibson ES335 ×2写真を見て、「おいおい、何で335が2台並んでいるのかね!?」と職務質問されそうだが・・・・・。
ちょ、ちょっと、(小さい声で)入手してしまいました・・・・・。
「しっかも、似たような色やんか!」
い、いや、コレはウォルナットと言って、ちょっと違うんですが・・・・・。

ちなみに、私、ふつうのサラリーマンでして、子供も二人おりましてそろそろ金がかかりますし、自宅のローンもまだまだ残ってますし、ここ数年ボーナスは下がる一方でして・・・・・
捨て身のカード購入でございます。もちろんローンでござりまする。

ちょっとフルアコに触手を伸ばしていたのですが、やはり335です。
今までメインで使っていた77年製のワインレッドのヤツは、ディマジオのスーパーディストーションがマウントされてますので、最近なぜかオリジナルのピックアップが懐かしく思っておりました。
そこへ、ひょっこり出てきたのがこの335。

さて、このギターですが。
シリアルから推測すると、1968年または1970~1972年頃のモデルのようです。
ウォルナットというカラーは1960年代にはほとんど見られませんし、ネックが3ピースということからもEarly1970’sだと思われます。しかしながら、ヘッド裏のボリュートがない(これは1960年代の型です)のが疑問だったりもします。
この頃のシリアルはひじょうに曖昧のなので、どなたか詳しい方がいましたら鑑定お願いします。
ボリュームノブ、ポットが交換されています。テールピースとブリッジも新しくなっているようです。
その辺も加味してか、この時代のものとしてはたいへん安価でしたので、思わず手が出てしまいました。
ちなみに、30年前に買った335より全然安かったので。
デジマート当たりで見ると、この頃の状態のいいものは50万近かったりします。仮に1968年製だったりしたら70万とかするようです。

しばらくはヤフオクを見ないように、ぐっと気合を入れる今日この頃。

※2008年5月7日追記

ネット検索から1970年製の可能性が濃厚になってきました。

ペグに「Gibson Deluxe」の刻印(1970年より)
ウォルナットカラー(1970年より)
Fホール内のオレンジラベル(1971年よりクローバー型)
ピックアップ裏のパテントナンバーが黒のシール(1971年より刻印)

ただ、ボリュートがなかったり、シリアル下に「Made in USA」の刻印がなかったり、まだまだよくわからない点が。

※2008年5月10日再追記

仕事もせずに一日中、ネットで検索。
USAのサイトで、1969年製のウォルナットカラーを多数発見。
さらにシリアル(91から始まる6桁)もかなり近いものを発見。
1970年製だと、かなりの確率でオレンジラベルは終わっているようだ。

1ピースから3ピースマホガニーへの移行は1969年らしい。その後にボリュートが付き始めるもようなので、その過渡期のモデルの可能性が。
ということは、1969年製??

去年の暮れにシャーウッド・ギター・ワークショップの太田さんに預けていたIBANEZのGB-10こと”ジョージ・ベンソン・モデル”。
やっと出来上がった。暇なときにお願いしますと言ってあったのだが随分時間がかかったので聞いてみると、ずいぶんと苦労されたらしい。

最初は劣化したピックガードを付け替えて、その裏に配線されているのが原因で音が出なくなったと思われるリアピックアップの修理だったのだが、予想以上に病は大きかったもよう。
さすがの太田さんも少々苦虫をつぶしたような口調で「いやぁ、今回は参りましたよ」。

モロモロになってしまったピックガード。素材がセルロイドらしく、これの腐敗による影響がアッセンブリー全体に及ぼされていたらしい。
当然、ポッド関係から、配線まで全交換。
どうもピックアップに近い箇所から緑青がふく度合いが高いと思ってはいたが、極端な話セルロイドの腐敗が毒ガスを吐き出し、周りに悪影響を与えていたということか。
はがれ気味だったバインディングも直してもらい、きれいになっていた。
「こいつはアイバニーズに出して、見せてやりたかったね」と言われるとおり、ブリッジの溝切りも不完全だったらしく、これも手直し。

なんだかんだで、予想以上の修理代に少々涙が。
でも太田さん曰く「いやぁ、この倍もらってもいいくらいだよ」。
たしかにハコもののギターの修理はたいへん。レスポールなんか裏蓋外せば楽勝だけど、セミアコ、フルアコはそうもいかない。

太田さん、大手術ご苦労様でした。

次回は20数年前に太田さんから購入したフラマス(Framus)のオーバーホールをお願いしようと思ったが、しばらくは資金が溜まるまでお預け。
ギターは弾かなきゃ駄目なんですね。
いい勉強になりました。
GB-10 リペア済み

Okachi & Ito5日前に飲んだばかりなのに、また集まってしまった小安田氏、岡地氏と私のLittle Boy Blue残党3人衆。
私は仕事の関係で20時頃に合流。彼らはすでに2時間ほど前から飲んでいるもよう。特に小安田氏は王様になる一歩手前の状態。
本日はもう一人のゲスト、稲田浩三氏(漢字、間違ってないかな)も登場。
彼は当時の東京B級ブルース界の中でも、”キング・オブ・ロウダウン”というか”キング・オブ・いなたい”というか、とってもいい感じのギタリストだった。
地元の豊橋にいるという話は聞いていたが、何やら3月まで研修があってその間こちらに滞在しているらしい。
この日はいったん豊橋に戻る予定とのことで1時間ほどの再会だったが、全く風貌が変わっていない浩三氏に頭が下がってしまった。

ところで、この日の「飲み会場」は中野の”Bright Brown“。
やはり当時の仲間である”すーさん”が仕切っているお店。すーさんと言えば浩三氏以上にミスター・ロウダウン。
“Caldonia”というバンドで、いぶし銀のギターを何度も拝ませていただいた。
たぶん、すーさんとも20年以上のご無沙汰か。

途中から記憶が飛んだ小安田氏(後日談による)も退場。日付も替わってしまったので途中参加の谷やん氏に記念写真を撮ってもらい、終電を諦めた岡地氏を残し店を出た。

先日の失敗を繰り返さないために電車も座らずに頑張ったのだが、何も食べずに飲み続けたのがいけなかったらしく、どうやら立ったまま寝ていたようだ。気づくと西国分寺。
ま、まただ・・・・・。

17時に会社を飛び出し新宿へ向かった。
久々に小安田憲司氏、岡地曙裕氏と3人で飲んだ。
かつて、25年以上前になるが「東京で一番音のでかいブルースバンド」”Little Boy Blue” の盟友である。
当時はみんな20歳代前半、ある意味怖いものなしだったし、毎日が楽しかった。懐かしい話題は次から次へと沸いてくる。
今日4人揃っていれば、もう一度ライブやるか!なんて話しになったかも・・・。

天気予報が外れて雪は降らなかったが、いささか日本酒を飲みすぎて暖かい帰りの電車の中で座ってしまったものだから、少々寝過ごしてしまった。
そして、帰り道はやはり寒かった。

本日、”Little Boy Blue” 封印。